かくて世界は……


 基本ルールp21〜35、シャドウラン公式サイトの記事‘And so it came to pass’より翻訳

 以前と殆ど見分けがつかないくらい世界が変化して、もう49年になる。
 進歩と呼ばれるべき約半世紀が過ぎてなお俺達は、抑圧と偏見と破壊と苦闘のメリーゴーランドに囚われている。人間一般として、俺達は、世界に何か新しい物をもたらすことの純粋な悦びよりも、金儲けのために工夫や創造を行う。同朋の積み上げられた背中を踏み台にしてでもてっぺんに昇りたがる。そしてテクノロジーを人類一般がより良くなるために使うのではなく、それに俺達をいっそう隔て離れさせている。黄金時代とかいうのがあったとすれば、後の世に残るものや重要なものなど何一つ残さずに通りすぎていったのだろう。
 俺の名はキャプテン・ケイオス。そして今日は機嫌が悪い。
 俺のことを知らない奴のために説明すると、俺はシャドウランド――シアトルに基盤を置く次世代BBS――の管理者シスオペだ。もしその説明で解からなければ、シャドウランドをデンバーのデータ市場――見つけれさえすれば無料の、北米における情報と助力とデータ交換の集結点ネクサス――の書庫支部の一種と考えてくれ。
 そしてまさにそれが、俺が今日抱えている問題だ。俺はこの数年間、他の連中の冒険談や助言や小噺の照合と掲示に費やしてきて、そいつは実にためになって愉快な時間だった。俺達は色々なやり方で沢山の連中を沢山のトラブルから救い出せてきて、その連中のリストにあんたの名を加えられるってことに実に満足している。残念ながら、俺達が何のためにここにいるのかを全員が理解しているわけでも、集結点ネクサスに辿り着く道を見つけた奴の全員が見つけたものの扱い方を知っているわけでもない。だからあんたは、時々、古参の導きにも係わらず自滅への道を見つけてしまった哀れな新入りの運命を甘受する羽目になる――そして2時間前にマトリックスで潰し焦がされた2人のソフトウェア恃みは、資金過剰で知識過小な奴の末路を見事に物語っている。
 だから今日は、俺好みの意見を中断なしで掲示するために、自分の地位でシャドウランドを使用する。話題は、俺達の生きるこの世界と、その来歴だ。理由は、「歴史から学ぶことを拒む者は、それを繰り返す定めにある」――そして自分の掲示版でそいつが繰り返されるのにウンザリしたからだ。態度が気に障るならすまないが、ここで手加減するつもりはない。
 <第六世界>では、多国籍巨大企業は収支決算を黒字にするために世界を操る糸を引く――そしてあんたや俺のようにエッジで生計を立てる連中は、金のために企業の汚れ仕事をこなす。当節では、生存は影働きを意味する;生き延びるためは、嘘を吐き、盗みを働き、人を殺すつもりがなければならない。俺達が依存しているテクノロジーは、俺達を連帯させなかった。世界規模の通信ネットだって? 素晴らしい観念だが、人口の半分がシムセンス・チップに引きこもり、残り半分はそこで生きざるを得ないスラムで稼動するデータ端末を扱えないときには、たいした意味は無い。富める者はますます富み、貧しき者はますます増え、だから富豪たちは武装敷地に立てこもって残りの俺達から住む権利を奪って腐り果てるに任せておく。我らが惑星の大部分は、都市のスプロールに飲み込まれるか企業の汚染者に締め上げられて、死にかけている。ところによっては、その多くは魔法で癒されて、豊かな自然が残っている所もある――だが俺の生活するスプロールからは殆ど見えないし、俺みたいな数十万人にだってそうだ。
 そして、物事を文字通りにひっくり返した、魔力の復活がある。<交霊の舞い>の破壊力、愛する者がトロールに変化するのを見る衝撃、夜のニュースに出演する生身のドラゴン――これらを始めとする様々なことが、今では日常生活の一部になっている。
 俺達は、自分とその周りの物をじわじわと滅ぼしてゆくお決まりのパターンに引きずられている――そんなコトを言う奴もいるかもしれない。だがそんなのは嘘っぱちだ。前世紀の連中は、保安業務のために神経直結インプラントを身体に埋め込むことを考慮したり、駐車位置の口論の果てに隣人に火の玉で火葬される心配をしなきゃいけなかったろうか? 自分の家族の一員が獣と見なされる存在にゴブリン化するトラウマに匹敵する苦しみが、連中にあったと思うか? コンピュータ・ネットワークのまずい場所に迷い込んで脳を焼かれるかもとか、寝室でやっていることをどこぞのアストラル覗き魔が見ているかもとかいった心配を、連中はしていただろうか? 連中は、よりによってドラゴンを大統領に選んだりするだろうか?
 変化したことは沢山あるが、それでも変わらないこともある。大企業はおまえに目をつけるが早いか搾取し、そして俺達みたいな企業で働いていない奴には、犯罪こそが飯のタネなのだ。


 黙示録への歩み(1999-2010)
 それぞれ1999年と2001年に下りた、巨大企業のタコ野郎が物事を動かし、多くの手下と同様にシャドウランナーを使う世界を生み出した最高裁の2裁定が、始まりだった。巨大企業は、合併熱に浮かれて銀行から防衛産業までがトイレタイルに吸い付く吸盤みたいにひっつき合っていた1980年代や90年代には、既に姿を表し始めていた。だが旧世界の棺に打ち付けられた最初の一釘は、セレテック判決とシアワセ判決だ。前者はセレテック社の、その社員と資産を防衛するための武装部隊を維持する権利を承認し、私設企業軍を事実上合法化した。後者の結果はもっと悪い――企業治外法権を確立して多国籍企業に外国政府と同等の権利と権威を与えやがった(シアワセ判決は、シアワセ社の原子力発電所に対して過激環境団体『テラファースト!』が仕掛けそこなった攻撃がなければ存在しなかった。後に『テラファースト!』が手に入れた、シアワセが他の数企業と一緒に攻撃のでっち上げを目論んだという証拠は、連中のカリフォルニア事務所や数人の重要人物と共に爆弾で吹き飛ばされた。おそらくはシャドウランナーが仕掛けた爆弾によって。<第六世界>の物事はそうやって動くのさ)。


 資源ラッシュとローン・イーグル
 膨大な土地がネイティブ・アメリカン部族の連中からぶん取られて企業に所有されることによって北米大陸の国境線が引き直されたとき、世界は企業が新たに手に入れた権力と影響力をまざまざと実感した。シアワセ判決のほんの一年後、アメリカ政府は資源ラッシュ――インディアン居留地と国立公園からの、企業による自然資源のつかみ取り大会――を開催した。このオイシイ取引の仕組みはこうだ――まず政府が有望な土地の収用権を発動し、それから後援者の企業に採掘権を与える。多くのネイティブ・アメリカンは、この土地収用で堪忍袋の尾が切れた――俺達は何世紀もの間連中から全てを奪い去り、残された僅かな物を今『白人の偉大な父』が奪い去ったのだ。連中の中の過激派は、企業の乗っ取りに対抗するために『アメリカ・インディアン主権運動』(SAIM)を結成した。
 SAIMは健闘したが、2009年にユナイテッド・オイル・インダストリーズが、残余インディアン居留地の10分の1に埋蔵された石油資源を獲得するまでは、堅く冷たい企業の金銭にはたいして抗えずにいた。だがこの獲得が火をつけた。SAIMは、モンタナ州北西部の空軍シロー発射施設のミサイル・サイロを占拠し、アメリカ政府とそれを所有している企業がインディアンの土地全てを返却しない限りミサイルを発射すると脅したのだ。
 あんたの予想通り、誰もこの問題を真剣に解決しようとはしなかった。その代わり、アメリカ政府首脳部は十日間を交渉の振りをして過ごし、それから対テロリスト部隊『デルタ・チーム』を送りこんだ。“正義の味方”達はサイロを奪還したが、1基のローン・イーグルICBMがロシア共和国への直撃コースに乗って発射されるのには間に合わなかった。第三次世界大戦が目の前で始まろうとしている――その時、有り得るはずのない事が起こった。弾頭が爆発しなかったのだ。ロシア人のミサイル防御がうまくいったのか、奇跡が起きたのか? こちらが聞きたいね。
 こういった状況の進行中、自由世界の指導者達は、世界に差し迫っていた破滅について、もちろん、投票してくれた連中を蚊帳の外に置いていた。だが事態が収まってからは、ローン・イーグル“事件”(事件と呼ばれるようになった――この控えめな表現がたまらないね)はSAIMに対する格好のプロパガンダになった。一般大衆がこの件を知ったとき、ネイティブ・アメリカンは至る所でのけ者となった。企業広報部と誇張された全国メディアのちょっとした後押しによって、ネイティブ・アメリカン全員がSAIMの身代わりにされた。反インディアン暴動が国中で巻き起こるのに、たいして時間はかからなかった。
 議会は、アメリカ人がインディアンを自動車セールスマンよりも更に信用ならないと判断しているという世論調査を敏感に受け入れて、2009年末の提出から僅か数ヶ月で再教育・再移動法を採択することによって異人嫌いムードの火に油を注いだ。この法律はSAIMにどんな形でも関係のある者全てを隔離するものだ。同日、カナダ議会は、ネイティブ・アメリカン収容キャンプを合法化するネピーン法を可決した。驚くことじゃあないが、両法は頻繁に濫用された。2010年を通じて、何千という無辜のネイティブ・アメリカンが『再教育センター』(収容キャンプに対する、個人的に好みな婉曲表現)に送られた。連中の多くは二度と戻らなかった。
 この年にはまた、テキサスで興味深い事件――騒動全体の背後に潜む真犯人に迫った唯一のもの――が発生した。失業したホームレス労働者の一団が、ダラスにあるユナイテッド・オイル・インダストリーズ本社に押し寄せて、“ファシストの企業”にダラス市の財務問題と犯罪関係問題の責任を取るよう要求したのだ。テキサス州知事はテキサス・レンジャー強襲チームを召集し、そして硝煙が晴れた後にテキサス州は、武装侵入者の扱いを企業保安部隊へ白紙委任する法律を成立した(だから、「質問は撃ってから」が法的に承認された業務手続である時代をもたらしてくれたことについちゃ、知り合いのテキサス人に感謝しなくちゃな)。世界中で、似たような展開を取って他の法律が成立し、軍用兵器で武装した都市軍事部隊の創設が認められ、致死力によってコミュニティを守るために民間警備会社と契約する権利が住民に与えられた。それによってローン・スター――数多くのシャドウランナーが熱く激しく忌み嫌う営利派遣警官――の登場する舞台が整ったのだ。


 日本株式会社
 新世紀の最初の十年にはまた、大国としての日本が、長い不在を経て再登場――主にその裕福で強欲な企業のせいで――した(おっと、俺達はいまだに現代の強盗貴族を始末しちゃいないのさ)。2005年に、日本企業権益の後援を受けて、韓国は北朝鮮に宣戦布告した。2006年始めに北朝鮮は、日本企業を紛争から締め出そうとする捨て鉢の努力で、日本に核ミサイルを発射した。だがミサイルは爆発せず、その年の終わりに北朝鮮は占領された。こういった行動の成功に調子付いて、日本はすぐさま日本帝国の成立を宣言した。それに続いて、地表の受電基地ににマイクロ波のエネルギーを送電する、太陽発電によるエネルギー採集衛星群の打ち上げが開始された。この比較的安価な孤立地域へのエネルギー供給システムとともに、日本(日本企業と読む)は第三世界への実質的な経済的侵略は始まった。フィリピンやサンフランシスコその他いたるところの住民が知るように、軍事大国としての日本の復活がすぐさまそれに続く。だがそれは後回しだ。


 VITAS――新たな黒死病
 だがこういった事柄も全て、VITAS禍に比べればかわいいものだ。ウィルス性有毒アレルギー症候群(VITAS)の第一例は2010年のインドで発生した。その年の終わりには、この病は世界人口の約4分の1を奪った。人々はパニックに陥った――裕福で充分な手当を受けた者ですらこの災禍で命を落とし、そして健康な者は健康でい続けるためにありとあらゆる処置を取った。メキシコ・シティは、地元の者が『恐怖の刻』と呼ぶ、最大級の暴虐――死体が街角に積み重なるにつれ、自称『市民行動委員会』が、『警戒措置』として市の一部を丸ごと焼き尽くした――をこうむった。


 馳せ参じる惨事
 より大きな被害をもたらしたのは、ヒトと自然のどちらか? わかるもんか!

 2003:ドイツの北海沿岸で起こった洪水が汚染水を撒き散らす。ハンブルグは汚水浸しになり、幾つもの核施設が緊急停止した。
 2004:イギリスで、ケントでのメルトダウンが放射線汚染地域を産み出して6,000人以上の死者を出す。
 2005:ニューヨーク市で大地震、200,000人の死者と数十億新円相当の損害が出る。
 2008:宇宙プラットホーム『ミールU』(その少し前に、ロシアからハリス‐3M社に売却されていた)に流星が衝突し、搭乗員二名が即死。ハリス‐3Mが救出ミッションに失敗する頃には、残りも死亡していた(3Mの連中に、黙祷)。
 2009:フランスのドイツ国境そばカットノンの核施設がメルトダウンを起こし、ルクセンブルク、フランスのロレーヌ地方、ドイツのザールラント地方を汚染する。
 2011:混沌の年。ハリケーンによる強風が汚染された北海の海水をエルベ川の河口に押し込んで無数のダムと堤防を決壊させる。洪水はオランダの大部分を押し流し、ベルギー、ドイツ、デンマーク領土の多くを汚染ヘドロで埋め尽くした。強烈な鉄砲水が西イングランドを襲い、地滑りがウェールズを地に埋め、スコットランドは地震に見舞われる。それから天災に続き、埋められた施設からの汚染物質漏れと化学薬品の河川混入が連続する。そして最後で最大に、イギリスの原子力発電所がもう二基メルトダウンを起こし、数千人の死者を出す。
 2016:テロリストの一団が北海で、内陸20マイルにまで浸透する石油漏洩を引き起こし、『スコットランド外辺汚染地域』を産み出す。
 2028:ロサンゼルスを大地震が襲い、ロサンゼルス国際空港を破壊する。
 2039:ロンドンのティーサイド区で化学薬品が大量に漏洩し、70,000人以上の死者が出る。
 2042:ゼータ‐インプケムがポリドーパ・スキャンダルを曝露される――過去4年間にわたって、神経毒を中央アフリカに投棄していたらしい。結果:死者4,000人と治療不能の脳障害者35,000人。
 2051:サンフランシスコ沿岸地域で大地震。
 2053:ユナイテッド・オイルのタンカーが、何百ガロンもの石油化合物をボストン沿岸に投棄する。生き残った海洋生物は、識別不能なまでに変容していた。

 2011――混沌の年
 VITAS禍も充分過酷なものだったが、更に過酷な出来事が待っていた。時は2011年――旧きマヤ暦で、世界が終りそして始まる年とされている――後にも先にも見られないくらい奇妙な激変が起こったのだ。始まりはまだなじみのある種類の混乱――1月のメキシコ政府崩壊による何千という避難民が国境を超えてきたことによる、テキサスの人種暴力だった。それから物事が実に急速に、実に奇妙になった。世界中で、“普通の”両親からミュータントに見えるような子供――第一波のメタヒューマンである、エルフとドワーフ――が生まれ始めた。科学者達はこの戦慄するような現象を『未解明遺伝子発現』(UGE)と呼んだ。連中は臨床的な名称を与えることによって、人々が冷静になるか(「お子様は奇形ではありません。単なるUGE乳児です」)、少なくとも、何が原因なのか医学界には見当もつかないという不安をかきたてるような事実から気を逸らせることができると考えたのだろう。UGEが魔力の最初の発現だとは、誰も気付かなかった。魔力がどんなものか、当時は誰も知らなかったのだ。
 更に多くの魔法事件が、ハイウェイ事故にあった車のように、次から次へと山積みになっていった。12月24日、富士山麓を通る弾丸列車に登場していた何百人という日本人が、グレート・ドラゴン<龍冥>の最初の出現を目撃した。ちょうどその頃、ダニエル・ハウリングコヨーテ――後に『交霊の舞いの予言者』と呼ばれるネイティブアメリカン・シャーマン、『アメリカ先住部族諸国』(NAN)を建国するためにアメリカ政府に対抗するゲリラ戦争の指揮者――が、支持者を引き連れてテキサス州アビリーンの再教育センターを脱出した。キャンプ警備員の証言によれば、ハウリングコヨーテへの発砲は全く命中しなかったという。従う者を自由へと導く歩みを取るにつれてシャーマンを取り巻いた“輝き”が銃弾を止めたと、何人もの警備員が主張した。
 魔力はまた、幾つもの地方で天候パターンや地形も変貌させた。オーストラリアでは、何度となく荒れ狂う『マナ・ストーム』の第一波が後背部アウトバックを突き抜けて数百名の死者を出した。アイルランドでは、これといった理由もないのに西部の森が急速な生長を始め、古代の四大路シュリー、泥炭地やケアン・ラインが大地から再び姿を表し始めた。そしてイギリス本土中で、ストーン・サークルと立石が地から生え、既知のレイ・ラインと共に聖地のパターンを構成した。
 俺達は、2012年1月27日にグレート・ドラゴン<ダンケルザーン>がデンバーのチェリー・クレーク湖のそばに初めて姿を表すまで、一体何が起こったのか解かり始めてすらいなかった。軍が地域を閉鎖しようとしていたにもかかわらず、至るところのレポーターが独占インタビューを求めて争った。勝ったのはホリー・ブライトン、週末夕刻を担当するニュースキャスターだった。その結果のインタビュー――12時間16分――は、<覚醒>と呼ばれることになる魔力の興隆の広さと深さについての最初のヒントを、世界にもたらした。


 火曜日ならUCASよ(2012-2018)
 分裂の連鎖にみまわれたとき、世界には一息突く余裕など殆どなかった。その始まりで、かつアメリカとカナダの国民にとって最も重大な分裂は、2014年にダニエル・ハウリングコヨーテによって宣言された、アメリカ先住部族諸国の設立だった。それには劣るが、2015年に新しく選出されたメキシコ大統領は、国名を『アズトラン』に変更してヒスパニック人全てに「我々の栄光ある文化伝統の再主張に参加」するよう呼びかけた。このレトリックは、ORO社がメキシコ大統領とその政府を買収しているためアズトランが実際にはOROの新品玩具であるというおぞましい現実を、体裁よくごまかした(OROは後に『アズテクノロジー』――アズトランを完全下部組織とする、今日では最も怖れられているメガコーポの一つ――となった)。


 龍の寝返り
 以下は、コトにかかったり遊んだりする年寄りドラゴンどもの簡単な説明だ。

 2012:グレート・ドラゴン<ロフヴィル>がドイツに姿を現わし、大物企業勢力への第一歩を踏み出す。
 2020:イランを統治するアヤトラ(イスラムの高位聖職者)によって宣言された、生まれ始めたメタヒューマンへの聖戦布告に対抗して、ドラゴン<アデン>がテヘラン市街を破壊する。
 2039:グレート・ドラゴン<ダンケルザーン>の二代目通訳が辞職し、ナジャ・ダヴィアー――個人経歴の存在しない(何もない。俺も含む多くの連中が捜したんだ。)東欧系エルフ――が後継する。
 2041:ロンドン発アトランタ行きのユーロエア329便が大西洋上空で撃墜される。混乱した最後の通信と回収されたテープによると、ドラゴン(後に<サーラーグ>だと判明する)の攻撃を受け、機体の崩壊する前に、一人の勇敢な乗客が魔術によって数分の間この魔獣を退けたらしい。
 2042:ダンケルザーンが年2回のTV番組『ワーム・トーク』放映を開始する。話題は有名人へのインタビューから文化と社会への洞察深いコメントまで多岐にわたる(シアトルでは62チャンネルで流している再放送を参照)。
 2053:ティル・タンジェルが北カリフォルニアのシャスタ・ダム占領を試みたが、グレート・ドラゴン<ヘスタビー>がエルフ軍を退却させる。ヘスタビーはダムと周辺地域の支配権を握る。

 インディアン戦争と<交霊の舞い>
 『主権部族評議会』という組織によって統率される部族の連合であるNANは、北米大陸全土の領有権を主張して、恐るべき魔術的報復をもって全ての白人に退出を要求した(『白人』という言葉は、もちろん連中にとっては、ヨーロッパ人だけでなくアフリカ人やアジア人の末裔も意味していた。連中には、俺達非ネイティブが皆同類に見え始めたようだ……)。世界中で巻き起こっている様々な魔法怪現象にもかかわらず、誰もこの脅迫が本物だとは信じなかった……ニュー・メキシコ州のレドンド峰が噴火してロス・アラモスを埋め尽くすまでは。その直後、ハウリングコヨーテが近隣のズーニー族居留地からのTV放送に出演し、「母なる大地を捨て去った子供達を罰するために、大地に祈願した」との声明を発した。放送から一時間もたたずにフォート・フッドから第6空中騎兵大隊が発進したが、突然の強烈な竜巻によって壊滅した。この事件はNANゲリラ戦の公式な開始と位置づけられている。
 NAN紛争は急速に、予想された過激さで反応したアメリカ政府の総崩れに変貌していった。ギャレッティ大統領は決してネイティブ・アメリカンの友人ではなかったが、その後継者は更に悪かったのだ。2016年に、ウィリアム・スプリンガーという絶望主義者がギャレッティを殺り、副大統領のウィリアム・ヤーマンのケツを王座に導いた。ヤーマンはこの予期せぬ昇任を、現在では悪名高い大統領命令17−321号――全ネイティブ・アメリカン部族の絶滅を求める――で祝った。一ヶ月後、議会は『2016年解決法』によって、この命令を大喜びで裁可した。戦線は引かれ、平和的解決の望みは欠片も残らなかった。
 ハウリングコヨーテは、手持ちの中から最も効果的な兵器――魔法によって反応した。その翌年中、コヨーテとその民――そして後には、大陸中のネイティブ・アメリカン――が<交霊の舞い>という魔術儀式を開始したのだ。<舞い>は膨大な量の魔法エネルギーを産み出し、そしてネイティブ・アメリカンはそれを敵へと向けた。アメリカ政府が解決法を施行しようとすると、作戦を割り当てられた軍事基地と補給所に、奇妙な天候と奇怪な障害がふりかかった。2017年8月17日にフッド山、レーニア山、セント・へレンズ山、アダムス山が皆激しい地殻変動を起こして噴火したとき、破壊は頂点に達した。この災厄の突発性と激烈さはついに、どんなに懐疑的な脳無しにも、魔法が現実でインディアンが本気だと納得させた。しばしば引用される当時の発言の通り、「母なる大地は自分がどちらの側に立つのか知らしめ、そしてそれはこちら側ではない」のだった。


 魔術の最先端
 以下は、俺の気にかかった珍聞だ。

 2021:シェイラ・ブラタフスカが、「アトランティスの輝かしき時代への回帰」(そいつが何であれ)を唱導する『アトランティス財団』を設立する。
 2025:UCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)が最初の隠秘学研究の学部課程を設立する。以後三年間で、テキサスA&M(テキサス農工大学)、シカゴ大学、MIT(マサチューセッツ工科大学、‘and Magic’の略を追加してMIT&Mと改名する――訳注)、オックスフォード大学、エジンバラ大学及び幾つものドイツ大学で、同様の過程が設立される。
 2039:サウス・カロライナ州チャールストンで、犠牲者の一人のゴーストを分析した探偵メイジによって、連続殺人犯が逮捕される。ゴーストの行動によって手がかりが発見された証拠によって殺人犯の逮捕と自白がもたらされた(そしてそう、そいつは法廷でも採用された)。
 2053:新刊の魔法理論が『係留技能』(唱えた呪文を、特定の条件が満たされるまでは発動しないようにできる)を説明する。
 2054、その1:ボストンで、学者と考古学者のチームが、クレタ島の130マイル沖での重要な考古学的発見を報告する。アトランティス財団が出資したこの遠征は、歴史上ではセラ島――失われたアトランティスの一部かもしれない(もっとも、大洋の孤島に過ぎないかもしれない)――の位置であったとされる場所で、埋蔵されていた工芸品を発見された。専門家は、これらが魔法の性質を帯びているという主張を否定した。
 2054、その2:同年のティル・タンジェルで一番の怪事件。まず、ラクリマという奴――自称“歴史家メイジ”――が、クレーター湖を生み出した火山噴火の正確な日付を紀元前3454年1月22日だと発表する。数週間後、軍がクレーター湖を封鎖する。上空に迷い込んだスー所属のエアバスがエンジン故障を起こして墜落し、搭乗者全員が死亡する。

 訳注:各種サプリメントによれば、遅くとも50年代後半からは、『MIT&T』(マサチューセッツ工科魔術大学、Tは‘Thaumaturgy’の略)と呼ばれています。

 デンバー条約
 問題は、次に何をするかだ。インディアン絶滅は突如として簡単に行くとは思えなくなり、アメリカとカナダの政府は別の手――交渉――を考えなければならなくなった。2018年に、アメリカとカナダの指導者達は、しぶしぶデンバーでNAN指導者達と和平交渉を行った。参加国リストには、NAN部隊に援助と安全な避難所を提供した見返りに主権部族評議会の議席を手に入れたアズトランが含まれていた。
 長く激しい議論の交わされた三ヶ月の後に参加者達は、北米大陸西部のほぼ全土に対するNANの主権を承認するデンバー条約をまとめあげた。その条項には非部族民や企業の保留地の設立、シアトルのような都市の、各国政府の治外法権延長地としての維持、そしてカリフォルニア州の殆どの、合衆国領としての存続が含まれていた。デンバーは、調印諸国が共同統治する“条約都市”となった。この取り決めを喜ぶ者は殆どいなかったが、後年のデンバーは運び屋達の楽園となった(Tバード乗りはここが大好きなのさ。これほど沢山の国境を、これほどたっぷりと潜り抜ける……これ以上のものが望めるのかい?)。


 我らが世界へようこそ(2018-2029)
 だが科学研究の聖域では、こういった騒乱は全て雑音や雑念に過ぎなかった。他の連中が荷物をまとめて長い旅に出たりトールキンの小説から出てきたような子供を持つ奇妙さに渡り合っている間に、技術オタク達は<第六世界>に殆ど何よりも大きな影響を与えるもの――シムセンスとサイバーウェア――の開発で忙しかったのだ。
 政治屋達がデンバー条約に調印したのと同じ年、シカゴのESPシステムズ社のホサト・ヒキタ博士が第1世代のASIST(人工感覚誘起システム)技術を開発した。娯楽業界はシムセンスの商業的側面の活用に突進し、人々が化学的な精神操作剤に代わってシムセンス・チップに依存する世界への道を開いた。他の技術者達はこの新技術を、前世紀最後の二十年からずっと続いているデータ膨張を封じ込める鍵になると見た。
 それから一年足らずで、トランシス社が人体へのサイバー義肢埋め込み――具体的には、弾丸列車から降りる途中の突発事故で失われた、力量豊かヴィルトゥオーゾなヴァイオリニストの左手――の成功を発表した。トランシスはたまたま新式の高感度置換技術――電子機器を神経システムに直接接続することによって他の人工義肢よりも優れた駆動機制御が可能となったサイバーハンド――を試作していたのだ。事故から2年足らずで、レオノーラ・バートリーは再び世界のコンサート舞台で喝采を浴びることとなった。サイバーウェア革命が始まったのだ。
 10年代がその終りにさしかかるにつれ、市全体の法執行を民間機関に委託したコーパス・クリスティ市におけるローン・スター・セキュリティ・サービスの登場や、元アメリカの宇宙ステーション『フリーダム』のチューリヒ軌道宇宙居住区への改築、シアトル市長のチャーリーズ・C・リンドストロームを知事としてのシアトル・メトロプレックスの公式設立といった発展が見られた。紛争と混乱は背後に過ぎ去り、20年代の幕が上がるにつれて誰もが安心の息をついた。
 新時代へと飛翔する翼の内に何が潜んでいるのか、俺達は何も知らなかった。

 


 現代生活
 今ある世界を生み出した技術革新の一部だ。

 2002:電磁パルス効果に耐性を持つ最初の光学チップが作製される。データ革命にようこそ!
 2025:サイバーウェアがプロスポーツ界に登場する――最初のサイバー強化選手がNFL(全国フットボールリーグ)に参加したのだ(連中のチームは負けた。想像できるかい)。
 2026:世はなべて事も無し。それ以上の説明が必要か?
 2037:最新高性能のシムセンス装備が感情信号を放送できるようになる。チップ中毒とBTLの売人がお出ましだ。もしそいつが「人生よりはマシ」ベター・ザン・ライフなら、イイものだろうさ!
 2037:デンバーのデータ市場が、影の世界にお披露目。シッポを掴まれるといけないので、ここでこれ以上説明するつもりはない。以上。
 2052:「自分で自分をダメにするより良い新手段」部門で、2XS――平均的BTLよりもずっと強力で依存性の強いチップ――がストリートに出回る。このブツは精神への作用を通して身体にも影響する。凶悪なこった。

 ゴブリン化
 2021年4月30日、世界中で、成人の十人に一人が突如として恐ろしい人型生物へと変貌を遂げた。この現象はすぐに、子供達をも苦しめた――“怪物”として生まれてくる者もいれば、思春期の直後に変化する者もいた。扇情的な俗語に的確な本能を持つメディアによって、この過程は『ゴブリン化』とあだ名された。ほどなくして変化した者達は、幻想文学との相似によって、『オーク』や『トロール』と呼ばれるようになった。
 以前のUGEだけでも充分に恐ろしい現象だった――ゴブリン化に対しては、誰もが、恐怖に錯乱するか、犠牲者への嫌悪に身を堕とした。伝染性ではないかとの恐怖に駆られて、世界中の政府がメタヒューマンとその家族を拘禁した。北米大陸では、こういった不運な連中はかつてネイティブ・アメリカンを閉じ込めていた収容所へと送り込まれ、同様の扱いを受けた。日本帝国は俺達よりも一歩先に進み、フィリピンにある、神に見捨てられた『黄泉』島にメタヒューマンを強制収容した。当時は世界中で、いままでにない規模の種族暴動が巻き起こっていたのだ。この世界のメタヒューマンで、頭の切れる奴や運のいい奴は姿を隠した――地下世界に、原野に、そして同朋達の共同体へと。運のない奴は群れをなして死んでいった。アメリカ政府は統制を保とうと無駄なあがきをして数ヶ月の戒厳令を敷いたが、2022年の後半にVITASの第二波が惑星中を襲うまで事態が沈静することはなかった。この疫病は世界人口のもう10%を奪い、恐怖によってヒューマンとメタヒューマンをあっけなく団結させた。


 その他のニュース……
 この平穏は、もちろん長くは続かなかった。いつだってそうだ。やがて来るものへの警告の徴は、2023年――合衆国最高裁が法の元の平等な保護(大金のない奴にも要求できる)をメタヒューマンに与えたのと同じ年――の、治しようのないヒューマン至上主義の狂信者どもの胸糞悪い群れである『ヒューマニス・ポリクラブ』の設立だった。2046年には、ヒューマニスは大きな支持基盤を築き上げ、そしていまもなおそいつは強大だと言わざるを得ない。だが当時は、種族憎悪は小さなくすぶりに鎮まり、俺達は新世紀20年代の他の変事怪事に目を奪われていた。
 シアトル市警がストを打つという過ちを犯してから、ローン・スターがシアトル・メトロプレックスの法執行を預かることになった。知事はストを非合法だと宣言し、全員をクビにしてストリートの警察に企業警官を雇ったのだ。それ以来北米中の何10ヶ所に連中はのさばり、まっとうなゴロツキの人生を悲惨なものにしている。政治方面では、サリシ・シー領内のエルフが群れをなしてレイニア山周辺に移住して『シンセラキ』という部族の創立を宣言した。この事件は、あまりにも時が過ぎていなければ重大な結末を招いていただろうが、実際にはメタヒューマンを送り込む“メタ捨て山”だと言う一部の奴らくらいにしか注意を払われなかった。
 そしてテクノ革命が始まる。2020年代半ばには、初歩的な感覚認識を出力する最初の娯楽用シムセンス・ユニットが発売された。2024年のアメリカ大統領選挙には試作型の“遠隔投票”システムが開発されて使われたが、地滑り再選されたヤーマン大統領の対立候補はその有効性を疑った。だが、不正投票との訴えには誰もたいした注目は払わなかった。誰も聞きたくなかったのだ――それまで耐え抜いてきたいろんなコトの後では、殆どの連中は単純に世界の平穏と万事の順調を望んでいた。
 今ある接続世界の殆どを産み出した技術革新は、2026年から2029年の間――ソニー・サイバーシステムズとフチ工業電子、そしてRCA‐ユニシスが、使用者が脳中枢の神経システムを通じて世界のデータ・ネットワークに接続できる試作サイバーターミナルを開発した――に起こった。昔のコンピュータ・キーボード程度の大きさのサイバーデッキでデータの流れをサーフする当節の電子ジョッキーには、馴染みのオモチャのじい様分の見分けがつかないだろう。最初のサイバーターミナルは、軍や企業の諜報部に属するスーパーハッカーのために設計された、操作者用の多重接触型挿し込みジャックといくつもの中継器がついた感覚遮断室だった。最初に使用した志願者は発狂し、企業や軍はそいつを恥ずべき訓練費の無駄ととらえた。数年も経たぬうちに様々な研究開発のセンセイ方がこのテクノロジーを洗練させて安全にし、アメリカ政府の一部局省庁を喜ばせた。CIA(中央情報局)、NSA(国家安全保障局)とIRS(国税庁)はできるだけ早くサイバーターミナルを活用できるように、また『エコー・ミラージュ』というコードネームの“サイバー・コマンド”チームを編成し訓練するために、カネやヒトを共有していた。
 そして時は満ち、事件が発生した。


 29年の<クラッシュ>
 2029年2月8日、世界中のコンピュータ・システムが、これまでになく凶悪なウィルスによって無差別攻撃を受けた。システムというシステムがクラッシュし、そのデータは消去されハードウェアすら焼け付いた。攻撃プログラムが広がるにつれて、政府はぐらつき世界経済は崩壊に瀕した。ウィルスはグリッド――世界を結びつける情報ネットワーク――を引き裂いた。俺達は、今度は仮想空間を通して、世界の終りに引きずられていた――誰かがバグを止めてくれない限り。
 エコー・ミラージュは大統領命令によって即座に行動を起こしたが、サイバースペースでの戦闘の心理的負荷は、基本的には謹厳直実で頭の堅いエージェントの手に余った。そのため責任者達は産業界や大学から最高のデータ処理能力を持つはぐれ者を徴募し、手荒い訓練過程に叩き込んだ。32人の男女が、正気を保ったまま訓練を終了した。
 8月に、改良サイバーテックで武装した新生エコー・ミラージュが攻撃プログラムに共同攻撃をしかけた。ウィルスとの交戦開始から18分後、エコー・ミラージュの4人が死亡した。データ記録によれば、ウィルスはマトリックスにアクセスしている人間に致死的な生体フィードバックを生じさせ、また現在のコンピュータ・セキュリティではサイバーターミナルの使い手を妨害することすら出来ないことが明らかになった。最高のセキュリティを備えたデータシステムをエコー・ミラージュがあっさりと突破したことに恐れ慄いた企業は、新種の保安ソフトウェア――もちろん、ウィルスの致死効果を模倣することの出来るプログラムも含む――の秘密開発を開始した。現代マトリックスの素晴らしい世界――プログラムをくすねて無価値なガラクタに変えてしまう『タール・ベイビー』プログラムや、迂闊な奴の脳を焼くための攻撃型侵入者対抗措置(『ブラック・アイス』)といった魔除け――があるのはこの仕事熱心な俸給奴隷のお蔭だ(全く、実に素晴らしい世界だよ)。
 だがエコー・ミラージュに戻ろう。最新の戦闘プログラムと、机サイズで感覚離剥室を必要としない改造サーバーターミナルを装備して、エコー・ミラージュの残りは感染したグリッドの駆除を開始した。2031年の暮れに、エコー・ミラージュはウィルス・コードの最後と思われる一片を消去した。その少し後に、生き残り7人のうち4人が新技術の機密を携えて逃亡した。今日に至るまで、連中の行方は知られていない(もっとも、俺達の中には仮説を持つ奴もいるが)。


 新国家:記録は続くよどこまでも
 以下の事件は、今世紀中盤の世界地図製造業者の集団神経衰弱に貢献した。

 2018:中国が内戦で瓦解し、満州、新疆、広西、山東連邦その他の諸国に分裂する。
 2022:キューバ、ジャマイカ、グレナダとヴァージン諸島がカリブ同盟を結成する。
 2030:アフリカ中のグールが北ガーナに移住し、アサマンドのグール国家が建国される(最新の旅行者向けホットスポットかな?)。
 2040:南アフリカが、最終的に現在のアザニア連盟(ケープ共和国、オランジェ‐ウィルシュタット、トランス‐スワジ連邦、ズールー国)に落ちつく。
 2045:数十年に渡る分裂と内輪もめの後に、14カ国以上がドイツ連盟を結成する。

 分裂と戦争(2030〜2037)
 <クラッシュ>は世界の大半を揺るがし、30年代における世界の再編成には多かれ少なかれ暴力が伴なった。アメリカとカナダの合併はかなりうまくいった方だ――<クラッシュ>が両国に与えた経済的損害の大きさは連合を理にかなったものとし、わずかな抗議も殆ど聞き入れられなかった。2030年10月15日、アメリカとカナダのなれの果て――もちろんNAN領土を除く――は公式に『カナダ・アメリカ合衆国』(UCAS)となった。カリフォルニアは合同に対する反対意見が敬意を持って受け入れられた唯一の場所で、UCASからの脱退についての州民投票が実施された。後に何度も実施される州民投票の、これが第1回だった。程なくして脱退主義者の願いは叶えられたが、連中が望んだ通りの形で、ではなかった。腹を立てて自分から出ていくのと、ケツを蹴り出されるのは全くの別物なのだ(多くのUCAS人はカリフォルニアが去るのを喜んだ。連中にとってカリフォルニアは、関わるにはイカレ過ぎている相手だったのだ。だが先に進もう)。
 世界のほかの部分では、物事はそれほど順調ではなかった。ロシア人には無念なことに、覚醒勢力がシベリアの支配権を奪い取った。だがロシア西側の諸国はそれを喜んでいたらしく、2031年にベラルーシとウクライナが独立を試みた。シベリア人の魔術にぶちのめされて資源を渇望していたロシアは、西側国境の支配を取り戻さなければならないと考えて兵隊を送り込んだ。必然的にポーランドも事態に巻き込まれ、ロシア人がポーランドに足を踏み入れたときには多くの他国もまた巻き込まれた。その結果、10年以上も続いた紛争(始まる前から、『欧州戦争』とあだ名された)が勃発した。但し集中的な戦闘は、今世紀最大級に奇怪な事件が2033年に出鼻をくじいたことによって、終結した。
 2033年2月23日の真夜中、スウェーデンの航空宇宙監視網が、イギリス航空宇宙軍の“ナイトレイス”戦闘爆撃機と思われる数編隊がヨーロッパ北部を横断するのを探知した。ほどなくして、その編隊は全陣営の主要通信施設と司令部を灰燼に帰した。同じ夜、正体不明の暗殺者達が十人以上の主要な指揮官を殺害した。翌日、諸陣営は休戦を宣言した(イギリスも誰も、ナイトレイスの攻撃に対する責任を認めていない。実際、関与していそうな政府の全てが公式に否定している。誰がやったかは、今でも不明だ)。
 2034年はアメリカの番で、3頭のグレート・ドラゴンに率いられた覚醒種とメタヒューマンの軍勢がアマゾン流域に襲いかかった。短く血生臭い争いの後に、ブラジル軍はアマゾン流域の殆どを侵略者に明渡した。2日後、新しく宣言された『アマゾニア』――自称“環境圏の救世主”――は、ブラジルの殆どを領有していた。それ以来連中は静かにしている(ここの掲示板に定期的に投稿する多くの連中に言わせれば、静か過ぎる)。赤道の北側でも、構成国間の絶え間ない口論への抗議としてアズトランが主権部族評議会を脱退したときに騒ぎが起きた。この件によってアズトランはNANの友好を失い、先住民に対する扱いについて非難を受けることになった。この内輪もめにチャンスを嗅ぎつけて、テキサス州議会はアズトランに奪われた土地を取り戻す軍事的冒険に向けての煽動を開始した。
 そしてその時、そこに南部人がいた。連中の多くは主権国家としての南部の短い時代を決して忘れずにいて、2030年代は旧連邦の熱烈な支持者にそれを再び蘇らせる機会をもたらした。2033年に、アラバマ州とジョージア州の上院議員に率いられて、南部州出身の議員達が進行中だった合衆国とカナダの合併の障害となる集団退場を敢行した。南部10州からの代表が独立について議論するために終結し、結局は独立しないという結論にはなったものの、既に種は播かれていた。1年後、北部都市地帯へのえこひいきと判断した事柄への抗議として、これらの州は脱退してアメリカ連合(CAS)を結成した。
 第二の南北戦争が勃発するものと誰もが覚悟したが、俺達はツいていた。両陣営で高ぶる感情にもかかわらず、殆どの軍隊は忠誠の分裂を、隊の分割と選択国への移動で解決したのだ。興味深いことに南フロリダ主権州は、CASではなく、できたばかりのカリブ同盟に参加することを選んだ。
 そしてそれからエルフ国家――ティル・ナ・ノーグとティル・タンジェルが、それぞれヨーロッパと北米に――がやってきた。その後で自分達の小国家を立ち上げた種族は他にもいるが、最初に、かつもっとも徹底的にやったのはエルフだ(二つのティルをただ訪れるだけの許可を得るのがどれだけ難しいか、ドワーフやオークやトロールに聞いてみな。1週間かけたって法的障害の説明は終らないだろうよ)。アイルランドのエルフ達が先頭に立ち、大規模な腐敗スキャンダルを総括する大統領弾劾の後に新国家の設立を宣言した。2034年の感動的なクリスマス放送で、たぐい稀な政治家であるシムズ・オケネディが、平凡でつまらないアイルランドを(奴自身の台詞を引用すると)「魔法の優雅さ、ケルトの伝統と<第六世界>における運命」に満ちたエルフ国家『ティル・ナ・ノーグ』へ変革すると宣言したのだ。
 シンセラキのエルフ達――憶えてるか?――はアイルランドの従兄弟達からヒントを得て、2035年に『ティル・タンジェル』(約束の地)の誕生を宣言した。同時に、連中はNANから脱退した。サリシ・シーの軍勢を追い払ってから、ティル・タンジェルの指導者達はエルフの楽園の整理整頓に落ち着いた。連中は政体として、ルー・シュアハンドを大公とする『諸公評議会』を設立した。評議会員は、最初は全員がエルフだったが、2年後には他のメタヒューマンも、ドラゴンの<ロフヴィル>も含めて、受け入れた(多くのエルフが、信用ならないということだけしかドラゴンを信用していないことに鑑みて、どれだけ沢山の秘密を暴露しようとロフヴィルが脅したのかは、仰天ものだろうよ。だかそれは別の話だ)。
 分裂の連鎖は、2037年にカリフォルニアが自業自得で『カリフォルニア自由国』になったときに最後を迎えた。この失敗喜劇は、2036年にマカリスター大統領が、最後になった脱退の脅しに対抗して、カリフォルニアをUCASから蹴り出して国軍を全て引き上げたときに始まった。ティル・タンジェルが間髪入れずに北カリフォルニアを不意討ちして、歩兵と、超常獣とコンバット・メイジ、そして話によると最低2頭のドラゴンの援護を受けた航空支援によってレディング南まで攻め入った。勝ち誇ったティル軍は占領地の非エルフに30日以内の退去を要求し、北カリの善良な市民は「クソくらえ」と答えた。ゲリラ的抵抗運動が野火のように燃え上がり、あっという間にティルの軍勢をユーリカに押し戻した。ユーリカとレディングの間は、両陣営が領有を主張する緩衝地帯となった。
 だがカリフォルニアの苦難はそこで終らなかった。ティルの襲撃と同時に、アズトランが自由州を攻撃してサン・ディエゴを占領した。その時カリフォルニアの知事は、CASやUCASが己を恥じて軍を送ってくれることを期待して日本に軍事的助力を求めるという、とてつもない大ボケをしでかした。そう、日本は助力をなした――「日本の人命と企業資産を防衛する」ためにサン・フランシスコを支配している、港湾地帯の日本帝国海兵隊という形で。日系メガコーポの評議会がすぐさま市街の支配権を主張して、サンフランシスコ市の湾岸部を東京そっくりに変えてしまった。


 自由都市にようこそ
 以下のスプロールは、自身を地政学的に独立した存在だと見なしている。
 無政府主義者に支配されている都市もあれば、企業に支配されている都市もある。

 ハンブルグ自由都市:2011年に手ひどい洪水にあったが、企業と運び屋が再建して運営している。
 香港自由企業地域:三合会と企業の後援のお蔭で、2015年に中国から独立を勝ち取った。
 セコンディ独立都市:2023年に治外法権の企業租界となり、西アフリカに進出する幾つもの企業によって利用されている。
 クロンシュタット自由都市:2034年に、犯罪者、無政府主義者、反乱を起こした軍士官がこのロシア都市の支配権を奪って運営している。
 ベルリン:大暴動の最中にドイツ政府によって放棄された――2037年に無政府主義者が乗っ取った。
 ニューヨーク:2005年の地震で市全体が崩壊したニューヨークは、企業の親玉が実効支配できるようなある種の譲歩と引き換えに再建された。
 ケーヒニスベルグ自由国家:欧州戦争の混乱の中で、企業どもが一都市と小国家を成すに充分な土地を購入してのけ、その後洗練された避難地に発展した。
 ロサンゼルス:カリフォルニア自由州とロサンゼルスの親玉たちは2046年に、お互い付き合いたくなくなり、ロサンゼルスは袂を分かつ。それ以来、様々な代弁指導者が企業の賛歌に合わせて踊っている。


 企業の策動(2033-2048)
 30年代から2040年代に近づくにつれて、巨大企業の顔ぶれがゆっくりと、現代俺達が知り親しんでいるものへと整っていった。今日の有力者で舞台に躍り上がった一人目は、ダミアン・ナイト――2033年のアレス・インダストリーズに対する有名な『ナノセコンド買収』でデビューを果たした――だ。買収が起きるまで、誰もこいつのコトを聞いたことがなかった――その後は、主に奴のやってのけた業績がどれだけ凄まじいかについて、誰も語らずにはいられなかった。スウェーデンのストックホルムにある精妙なプログラムを積んだ一群のコンピュータによって、ナイトはコンピュータにしか理解できないくらい複雑な一連の指令を実行した。取引全体に費やされたその1分の後に、3つの企業が潰れ、2人の億万長者がその富を失い、別の3人が億万長者となり、そしてダミアン・ナイトはアレスの22パーセントを獲得していた。それによって奴は、経営最高責任者であるレオナルド・アウレリアスと同じ、支配権を握り得る土俵に上がった。二人の男は顔を合わせたとたん互いを嫌い、そして過去27年間のアレスの歴史には連中がどうにかして相手を蹴落とそうとする試みの痕がこびりついている。
 同じ頃、後にフチ工業電子の北米支部となる会社が、明らかに不可解な状況で、未来の企業帝国の重要な一片を獲得した。2034年5月に、ボストンのマトリックス・システムという双頭企業が最初の半合法グレイマーケットサイバーターミナルを引っさげて設立された。6週間後、企業のメイン・コンピュータは故障し、二人の設立者は関連性の発見できない事故で死亡した。そしてたまたまリチャード・ヴィリャーズという容赦なさで知られた企業買収屋が、その前年にマトリックス・システムの株式の49パーセント――半数に至らなかったのは、事業全体を買い取らせないために設立者達が抵抗したから――を買収していた。彼らの死後、ヴィリャーズは会社を二束三文で買い取った。そしてコンピュータ故障の一ヶ月後に、なんと失われたと思われていたマトリックス・システムの研究データを携えて、フチ――当時は一組の日本人共同経営者に所有されていた――に接触したのは、リチャード・ヴィリャーズ以外の何者だというのだろう? このデータによって奴はフチへの参加を買い取り、やがてこの企業を支配する三巨頭の一角を占めるようになった。
 この時代に登場した企業有力者の第三番は、2037年にゼーダー・クルップ社(BMW企業帝国の背骨)株式の63パーセントを所有していると突如発表した、グレートドラゴン<ロフヴィル>だ。この大とかげはそれで自分を会長に当選させて、それから自分をBMWの社長に任命した。そして社名を『ゼーダー・クルップ』に変更し、あとは(皆が言うように)歴史の通りだ。
 最後の登場者は、2041年まで“七大”リーグに入り込めなかったヤマテツ社だ。この “成り上がり”(一部の古株企業は頑固にそう呼び続けている)は、当時、企業法廷とチューリヒ軌道非営利銀行での発言権を掴み取るために不屈の努力を傾けた。激しい抵抗にもかかわらず、ヤマテツは2042年に潜り込み、“七大”を“八大”に変更させた。


 現ナマ見せな
 企業活動――その善行、悪業、醜聞――抜きでは、21世紀の歴史は完全なものにならない。

 2005:ニューヨーク震災の影響により、東海岸証券取引所がボストンに移転する(意味のない話だ……そこがすぐに、リチャード・ヴィリャーズという企業略奪者の故郷になることを除いては)。
 2015-2016:アメリカの宇宙ステーション『フリーダム』の軌道がぶれ始める。科学者は、地球の大気によって2年以内に燃え尽きると予測した。2016年に、アレス・インダストリーズがアメリカ政府からNASAを買収し、フリーダムの軌道を安定させて施設の拡張を開始した。連中はまたイギリスのロイズと提携して機能を停止した衛星の回収を開始する。
 2020:財務上の問題を抱えていた世界銀行が、チューリヒの財務企業『グローバル・ファイナンシャル・サービス』にとって代わられる(また出てくる。後でな)。
 2020:アレス・インダストリーズが新しい宇宙プラットフォーム『アポロ』をお披露目する。
 2032-33:企業法廷がグローバル・ファイナンシャル・サービシズを乗っ取る。法廷はグローバルをチューリヒ軌道居住区に上げて『チューリヒ軌道非営利銀行』と改名する(出てくるといったろ)。
 2036:フチ工業が、第三世代のサイバーデッキ(デスクトップのCDT-1000)を販売する最初の企業となる。
 2037:ジョージア州アトランタでドクワゴンが設立される。この会社はどの民間救急サービスよりもずっと速い到着による優れた緊急現場医療処置の提供を約束している(金で買える最高の健康管理さ)。
 2039:フチが東京で『汎用マトリックス詳細設計会議』を主宰する。7,000人以上のヒューマンとメタヒューマンが三ヶ月に渡ってマトリックス・プログラミングの細部を確定するために集まった(マトリックスに関するおなじみの一般的イメージは皆ここから生まれた)。
 2040:シアトルでレンラク・アーコロジーの建設が開始される。
 2046:三つの巨大企業――アズテクノロジー、シアワセ、ユニバーサル・オムニテック――がヒューマン/メタヒューマンゲノムの非魔力要素を全て解読したと発表する。
 2048:企業法廷が支払いを手に入れる。アズトラン政府による全外国事業の国有化の後、企業達は『互恵互奪』作戦――エンセナーダのアズテクノロジー部隊に対する合同企業軍の攻撃――でやりかえす。ほどなくしてアズトランは、他企業が国有化で失った資産を弁償し、“外国”子会社の大株主がアズトラン市民であることを条件に連中がアズテクノロジーの縄張りで遊ぶことを許可する『ヴェラクルス協定』に合意する。同じ年に、パナマ運河は企業法廷の支配する汎企業地域となった。
 2052:山名家が、フチの支配に必要な株式量を手に入れようとして、株価を激変させるべく様々な手を用いる。連中が仰天ものの株価で株を買おうとした瞬間、取引の最中に千葉の仮想ヴァーチャル証券取引所が突如停止する。乗っ取りの試みは失敗した。
 2053:プロテウス社が日本で2つのアーコブロック(海上アーコロジー)の建設を完了し、以後4年で汚染された北海に更に4つ建設する。
 2057:プロテウスが、フランス領ギアナの悪魔島の宇宙打ち上げアーコロジーと共に、北海のアーコブロックを完成させる。


 ヒューマンとメタ――更に悪化(2036-2046)
 こういった企業のおふざけが進む間、一般市民の生活は、おなじみでどこにでもある地獄に堕ちていった――またしても。最上の時ですら気安くはなかったヒューマンとメタヒューマンの関係は、地に堕ちて穴に潜り始めたのだ。2036年は、12人(その殆どはメタヒューマン)の命を奪った、オハイオ州の田舎町でのナパーム爆発で始まった。『アラモス20,000』と名乗る集団が犯行声明を出した――以後15年間で、アラモスは千人以上のメタヒューマンと、たまたま連中と頑迷さを共にしていなかったヒューマンの死に関連付けられることになる。
 それほど暴力的なやり方ではないものの、同様の態度は、UCAS憲法の修正第14条にも表れている。同じ年に批准されたこの修正は、システム身分証明番号(SIN)を創設し、全UCAS市民に登録を要求した。SINのない者は、その人権が厳しく制限された“暫定市民”(ああ、新米のシャドウランナー志望者さん、あんたのことさ)と定義された。この修正によってホモ・サピエンス以外の種族に与えられた地位は――わかってるだろうが――暫定市民だった。こういった“好ましからぬ者”への完全な市民権は、議会の立法によってしか与えられない(今は亡き<ダンケルザーン>が2056年に手に入れるまで、市民権授与は一件たりとも実現しなかった)。
 続く3年間の間、メタヒューマンに対する憎悪犯罪は過激さを増していった。そしてそれは、その後適切にも『激怒の夜』と呼ばれるようになった2039年2月7日に頂点に達した。世界中の暴動で、何千というメタヒューマン、その友人とメタヒューマンなりたがりワナビー(整形手術はたいしたものだよ!)が死んだ。多くの都市でメタヒューマンたちは、「彼ら自身を保護するために」かり集められて武装警備員の下に拘留された。シアトルでは、“抑留センター”となった埠頭の倉庫が『ハンド・オブ・ファイブ』というテロリストに襲われて炎上した。都市軍は火災を傍観し、そして数百人が死亡した。
 その三日後、アラモス20,000のゴロツキが爆発物と魔法でシカゴのシアーズ・タワーの支柱を破壊し、平日の昼飯時のストリートに崩壊する建築物を撒き散らした。落下した残骸は1区画分の建物や道路や裏道を破壊し、数千人を押し潰してガス管を破裂させた。誰もそこを再建しようとはしなかった――死者の霊が現場にとり憑いてると言われ、そして数を増したグールの存在によって『崩れ墓場』シャッターグレイヴと呼ばれるようになった。周辺地域もまた朽ちるに任せられ、やがて暗黒街の避難所となった。
 後に『血まみれの火曜日ブラッディ・チューズデイ』と呼ばれるようになるその翌日には、更に多い死者が出た。聖パトリックの祝日の行進中に、『赤枝の騎士団』がパレード経路沿いの人気あるエルフ・レストランで爆弾を爆発させ、24人を殺して数十人を負傷させたのだ。パレードはボストン市街を包み込む種族暴動に変貌した。当局がどうにか事態を沈静させた頃には、死傷者は数百人にのぼった。
 2040年代の唯一の明るい兆しに見えたもの(俺達がどれだけしか知らなかったのかが解かる)に、カリフォルニアでは2042年に、シアトルでは2045年に開設された『世界友愛団ユニバーサル・ブラザーフッド』がある。集団意識と同朋の知性体――ヒューマンであれ、メタヒューマンであれなんであれ――への愛情を説く人道的組織である友愛団は、寛容や同情といった甘く輝かしい事柄を口にする数少ない者の一つだった。単なる習慣で、速攻で連中を疑った奴もいる――この華やかで新しい<第六世界>に生まれ育った俺達の中には、若くして何も信じないことを学んだ奴もいるのだ。だが殆どの連中は、考えるとしても、同朋団のことを無害な善行屋の一団としか見ていなかった。
 もちろん、それは間違っていた。同朋団が最初に姿を表してから10年以上経つまで、どれだけ正しくなかったすら正しくはわからなかったのだ。


 危ういエッジの上の生活(2049-2060)
 21世紀が折り返し地点を過ぎて反転するにつれて、この新時代を特徴付ける潮流の全てが激しさを増した。テクノロジーは俺達の適応力よりも速く発達し、戦争は地球をぐるりと一回りし、魔法の全貌を把握したと思う度に新たな魔法現象が姿を現わし続けたのだ。
 巧みなるレンラクは2049年に、最初の半自律認識ロボノウボット――洗練された立体神経ネットワークを持つ代行システム・プログラム――を開発した。50年代を通じてサイバー技術とバイオ技術は発展を続け、より多くの者が肉の脆さから遠ざかることを選んだ。2052年には、バイオウェア――サイバーウェアよりも身体に優しい有機埋め込みインプラント――が一般市場に登場し、すぐに、それを買う金のある奴らの間で好評を博した(この板を読む奴みたいな、仕事をする上での危険を生き延びるためにしばしば素敵なウェアを必要とするが、良い物を買うことができないストリートの兵隊は、中古の槽製品で我慢し、それによるきつい併発症に苦しむことになりがちだ)。
 戦争方面では、2050年にアズトランのカンペチェ地方で反乱が発生した。アズテクノロジーは叛徒に教訓をくれてやることに決め、そして企業保安部隊に数百人の非武装市民を虐殺するように命じた。確かに叛徒は教訓を肝に銘じたが、それは企業/政府の親分が与えようとしていた教訓ではなかった。この大虐殺が大反乱(今もなお根強く、傭兵作戦に興味のある何十人というランナーに、危険は多いかもしれないが金になる契約をもたらした)に火をつけたのだ。紛争は2051年の、ユカタン半島(反乱軍の拠点であり続けている)の戦略施設に対する襲撃成功で始まった。
 とはいえ、悪いことばかりでもなかった。2052年にティル・タンジェルが港湾の使用に合意してメトロプレックスに大量の交易品を送り始めたことにより、シアトルに大量の資金が流れこんだ。その翌年、アダムズ大統領が急死し、トーマス・スチール副大統領が執務室に引っ越した。それ自体はなんの意味もないことだろうが、スチールのテクノクラシー党は経済界(SINを持つ連中の、だが)に支持されているようだ。そして世界友愛団――憶えてるか?――は事業の拡大を続け、世界中に支部を開設していた。まあ、将来の見通しは明るいと言えただろう。
 だがそれも長くは続かなかった。


 昆虫都市
 OK、昆虫精霊――誰もが知り嫌う、強烈な魔力を帯びた凶悪な巨大昆虫――のことを聞いた事のない奴はいるか? いたら仮想ヴァーチャル挙手をしろ。誰もいないな? 思った通りだ。
 2055年にUCASのFBIが、虫どもがシアトルの友愛団を、依代を勧誘して更に多くの虫精霊を呼ぶための隠れ蓑にしていることを発見した。言うまでもなく連邦警察フェズは、超加速ストリート・サムライがスマート化セスカ・スコーピオンを撃つよりも速く、友愛団の施設を閉鎖した。だが連中は、知ったことを他の奴に話しただろうか? もちろん話さなかった。羊の群れをパニックに陥らせるわけにはいかない、そうだろう? 代わりにFBIは、友愛団の財政的腐敗についての偽情報をメディアに流した。他の多くの大都市当局も、社会の下層民や局外者の失踪頻発が無視できなくなってからは、すぐにそれに倣うようになった。その後の調査によって、昆虫精霊の巣はシアトル以外のたくさんの都市にも設営されていることが明らかになった。こっそりとコマンドー的襲撃で巣を潰しながら、各地当局は表では非合法活動の申し立てによって、友愛団幹部の評判を落としたり逮捕したりしていた。2056年に全世界で閉鎖されるまで、友愛団に対する「動機のないテロ事件」は激化していった。
 残念なことに、シカゴ市は手遅れだった。アレスの調査チームがそこで大規模な巣――おそらくは北米最大の――を発見し、それに対処するためにナイト・エラント・セキュリティ要員のちょっとした軍隊が送り込まれた。だがナイト・エラントはコトをしくじり、市街中に昆虫精霊が溢れることになった。UCAS当局はシカゴ全域を封鎖し、そこを『封止地帯』と呼んで第三のVITAS発生の危険についてのタワゴトを提供した。地帯に閉じ込められたアレスの部隊がサーマック街の主巣窟の中で準戦術核を起爆したという破天荒な噂――後に、事実だと判明する――がサイバースペースに流れた。生き残ったシカゴ市民にとっては幸い(視点によっては、不幸なことかもしれないが)なことに、核爆発――『サーマック爆発』と呼ばれるようになった――は、不自然に抑えつけられた。だが続く三年の間、シカゴの命運は閉ざされていた。昆虫精霊の群れがそこかしこを脅かし、重火器を持った様々な機会屋が支配者を称して地域の様々な界隈で権力を築き始めたのだ。


 選挙狂乱
 2056年の選挙はスティール大統領をホワイト・ハウスに留まらせたが、長くは続かなかった。2057年初頭に、56年の投票結果がごまかされていたという証拠が明るみに出たのだ。スキャンダルはUCASを揺るがし、スチールとブース副大統領は弾劾され、ベティ・ジョー・プリチャード暫定大統領は再選挙を決定した。だがそんなことは、SINなしだから偽造IDなしでは投票できない俺達みたいな平均的シャドウランナーにはたいして関係無いことのはずだった。だがその時グレート・ドラゴン<ダンケルザーン>が立候補の意思を表明し、そのお蔭で突然、政治が極めて面白くなってきた。7月に候補者のフランクリン・イエーツ将軍がホテルの一室にて他殺死体で見つかったとき、政治は更に面白くなってきた。その後の調査で、暗殺者はFBI諜報員に憑依した虻精霊だと判明した。
 8ヵ月の激しい選挙運動の後に、ダンケルザーンが選挙に勝った。それは何者かを大いに怒らせ、そしてそいつは実力行使に出た。就任式の夜、新大統領は登場するリムジンごと包み込む爆発によって暗殺された。爆発は殺害現場上空にアストラル断層を穿ち、そいつは今も残っている。断層を調査しようとする試みは全て失敗した――調査したメイジは死ぬか発狂した。
 ドラゴンの訃報に伴なってUCAS中で暴動が起きた――今もなおその影響は残っている。副大統領として当選したカイル・ハフナーは、大統領としての就任に伴なって、副大統領位の後任に「ダンケルザーンの代弁者」であるナジャ・ダヴィアーを指名した。副大統領就任からほどなくしてダヴィアーは、大規模な記者会見の席上で『ダンケルザーンの遺言状』の存在とその内容を公表した。遺言状は、ダヴィアーを理事会長として遺贈を執行する『ドラコ財団』の設立と、魔法界最高の識者達で理事会を編成する『ダンケルザーン魔法研究学院』の創立を規定していた。遺言状は、死してなお衰えぬ情勢操作の達人業と言っていい――資金の豊富な二つの新勢力を登場させ、むしろトラブルの元となるような遺産によって現状をぶち壊したのだ。
 そういったものの一つに、フチ内部保安を支配するマイルズ・ルーニアという企業の顔役に対する株式の遺贈がある。ルーニアは、フチの最大のライバルであるレンラク社の役員席を受け取ったのだ。奴がフチを去ってレンラクに向かったときには、奴がどちらの企業に裏切りを目論んでいるかについての憶測がほとばしったものだ。結果として、ルーニアの行動は来る企業戦争の先駆けとなった。


 全てはファミリーのために
 企業戦争から組織抗争まで――以下は、俺達の多くが仕事を見つける暗黒街における重大な事件のごく一部だ。

 2030:マフィアとヤクザの指導者が暗殺され、シアトルで両組織の抗争が勃発する。大量の死者を出した後、疲れ果てた両組織は休戦する。
 2032:千葉のヤクザ親分オヤブンが、シアトルの組織を再建するために韓国人幹部を送り込む。
 2042:千葉の親分オヤブンが、韓国人に日本人の権益を持たせておくことにウンザリしたため、シアトルの韓国人ヤクザ幹部が血生臭い粛清を受ける。韓国人の殆どは殺された――生き残りは後に『ソウルパ』を結成する。
 2044:外隅半蔵ソトズミ・ハンゾウがシアトルヤクザの親玉に任命される。奴の強行戦術はヤクザとマフィアの敵対関係をぶり返した。新たなヤクザの脅威に対抗するため、ドン・ジェイムズ・オマリーが引退から復帰する。
 2058:シアトルの自宅そばでドン・オマリーが射殺され、マフィア、ヤクザ、三合会トライアッドとソウルパが入り乱れる無差別の組織抗争が始まった。それによる混乱は仕事ビズによっては良いことだが、それも撃たれなければの話だ。

 企業戦争
 2058年のルーニアの移籍は、レンラクとフチの苦難の始まりに過ぎなかった。フチとレンラクの間だけでなく、フチ内部の三派閥の間でも、急速に緊張が高まった。そしてルーニア参加の僅か数ヶ月後にレンラクが驚くほどの技術的発展を遂げた製品を作り始めたとき、フチの内輪もめは悪化した。フチ−レンラク騒乱が青信号でもあったかのように、他の企業紛争もまた過熱していった。“八大”メガは皆、全力をあげて、ダンケルザーンの遺言状からまとまった資金を受け取った中小企業の制圧に取り組んだ――重役クラブに加入する第2のヤマテツなど欲しくなく、そんなことが起こらないようにする処置をとった(そしてシャドウランナーに多くの仕事をもたらした)のだ。『クロス応用技術』(ケベックの大物でUCAS市場への進出に興味を持つ)みたいな“第二級”企業は、すぐに大リーグに参入しようとする者に要求される代償を知らされた。クロスの経営者であるリュシアン・クロスは、2058年だけで3回暗殺されかけたのだ。
 2059年の、ヤマテツ役員会議長である柴野葛正巻シバノクジ・タダマキの死は更なる騒ぎをかき立てた。奴の株式を相続した息子のユーリは、たまたまオークだったのだ。さて、日本人はメタヒューマンを大して思いやったりはしていない――実際、多くの日本人は連中を人間とすら見なしちゃいない。だからオークごときが大企業の社長になることが反対されるのはわかりきったことだ。しかしヤマテツは、ユーリを退任させる代わりに、その本社をロシアのウラジオストックに移転させた。
 その頃、フチ−レンラク策謀は深まっていった。2059年半ばにフチはマイルズ・ルーニアの幇助による産業スパイの咎で、レンラクを公式に告訴した。その後告訴は取り下げられたが、それはルーニアがレンラクを去って所持するレンラク株をチューリヒ軌道銀行に売却してからだった。同じ頃、フチのリチャード・ヴィリャーズはノヴァテック株式会社を設立し、それを通してフチ・ノース・アメリカの持ち株の大半を慎重に買い始めた(奴は対立派閥によって追い出そうとされていることを知っていて、そのために先手を取って船を移る準備をしてたのさ)。そして驚き桃の木、奴は旧友のマイルズ・ルーニアに保安部長の職を提示した。
 そしてその時、都合よく二人の企業法廷代議員が、それぞれ航空機墜落と爆発で死亡した。2059年に、東京発の亜軌道機1118便がシアトルのレドモンド荒廃部バーレンに墜落し、200人近くの犠牲者の中にフチの企業法廷代議員であるディヴィッド・ハーグが含まれていた。だがその後任は、“八大”のどこからも選ばれなかった。代わりに代議員の座を獲得したのは、五行ウーシン公司――故ダンケルザーンから投入された資産(どこに秘密が隠されてるものか……)によって大舞台に躍り上がった家族経営企業――の重役だった。2060年には、ニューデリーの爆発テロによってレンラクが企業法廷代議員を失った。その隙間を埋めることになったのはクロス応用技術(ダミアン・ナイトは怒り狂ったろうよ)だった。そしてその年には、企業戦争に最初の犠牲社――フチ工業電子――が出た。リチャード・ヴィリャーズが自分の持ち分をノヴァテックに移し替えたことによってフチは崩壊したのだ。残りの二派閥はそれぞれレンラクに買収され、シアワセに婿入りした――フチ工業電子が公式に消滅するまで、この2社はフチの残りカスを貪り尽くした。


 2060年以降
 さて今は2060年で、<第六世界>は更に変化した。“八大”メガコーポは“「幾つあるのかワカラン」大”となり、ストリートは影の仕事でざわめいている。アレス株式会社の御厚意によって昆虫精霊はシカゴから一掃されたように見え、壁は下ろされた……だがシカゴからにしろ余所からにしろ、虫どもが本当にいなくなったのか誰にわかる? 魔法は新奇な妙案をもたらし続け、そしてマトリックスで何が起こっているのかを誰も知らない。解かるのはただ、そこに何かが在り、そしてそれはおそらく良いものではないということだけだ。
 2055年に初めて姿を表したとき、特に“深層共鳴”やら“機械マシーンの精霊”についてのタワゴトのせいで、『オタク』は充分奇妙な存在だった。オタクが何者で何処から来るのかは今もなおはっきりしていないが、解かってるコトが一つある――連中は殆どが若く、多くはまだガキで、サイバーデッキなしでマトリックスの波に乗るコトができる。そしてそれが、とてもとてもうまい。そして今や俺達のなかにも、連中がときおり口にする精霊が実在するのではないかと考え始める奴もいる。
 2059年の12月に、それらしい理由もなくシアトルのレンラク・アーコロジーが閉鎖した。企業は現場から公衆を締め出し、広報部はコメントを拒んでいる。2060年の1月にUCAS軍が介入し、俺達は何が起こっているのか戸惑っている。
 だがその後ろ暗い秘密が何であれ、常に変わらないこともある。世界は常に不公平で、規則を作るのは金のある奴だ。そして俺達みたいな連中――飯と寝床と最新最先端のサイバーウェアのために必要なことならなんでもするシャドウランナー――は、常に規則を破る。なぜならそうしなければならないから。それが俺達の生きるすべなのだ。


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